原則

 

 

1 あなたは、4人の固定されたメンバーと集まり、週1回2時間以上、今後2年以上(ただし、指針3による「解散」の場合は2年以内でも解散することがある)話をする。 

 

 

2 この4人のグループを、会話グループと呼ぶことにする。あなたは会話グループを2つ以上持つ。

 

 

 

 

規則

 

 

1 それぞれのメンバーが所属する別の会話グループのメンバーについて、週に1度以上会っているように感じられるほどに噂される。

 

 

2 困ったことのうち、お金で解決が難しいものは、この4人の会話グループにまず相談する。相談を受けた場合、可能なら、お金をとらずに解決を手伝う。もし4人で解決できない場合、それを自分の問題として、もうひとつの会話グループで相談する。

 

 

3 会話グループに参加するメンバーは、最初「THE MORAL」について話し合い理解する。

 

 

4 ある会話グループとつながる会話グループが49を超えたとき、最初の会話グループは解散する。各会話グループは、今自分たちとつながりのある会話グループがいくつあるか数えておく。解散とは、会話グループで会うのをやめることを指す。

 

 

 

 

指針

 

 

1 会話グループを形成するときには、その相手が半永久的に、定期的に無駄話をし続けたい相手かどうか、よく吟味するべきである。1つの会話グループの崩壊が、MORAL崩壊の最大の起因である。崩壊を避けるために、各自が3つ以上の会話グループをもつことをお勧めする。

 

 

2 会話グループに、目的があったほうが会うのが楽なので150人程度でできる目標を設定するとよい。ただし、この組織は、一般の組織より、締め切りに弱いので、戦争や資本主義など競争を主とする目的には不向きである。教育・宗教・地域活動など、人間が生きている以上不可欠な要素の保証に関わる目的を設定するとよいだろう。

 

 

3 解散時に、1つの会話グループが2人ずつにわかれ、それぞれが再び新しいメンバーと会話グループを作ることは可能だし、「THE MORAL」維持には良い結果をもたらす。

 

 

 

 

理論

 

 

 多くの研究が、人間が特徴を覚えておくことができる仲間の数は150人前後であるという。葬式や結婚式の出席者数だ。多くの農村などのバンドは150人前後で構成される。たとえば、猿は群れをなすが、この群れの数は大脳新皮質の大きさに比例することが知られ、他の群れをなす哺乳類にもいえることである。猿が、群れを形成するのは、外敵(異種・同種とわず)への防衛のためである。 つまり、類人猿は、群れをなし、敵と戦う。 群れから裏切られないために、猿は、毛づくろいをし、その個体と仲良くなり、裏切りを防ぐ。群れの中での裏切りや読み違えは致命傷になるからだ。 人間は、150人程度を群れの数とできるハードウエアを持っている。つまり、およそ、150人で群れをなし、外敵と対峙してきた。

 近代は、群れという概念は成立せず、核家族、乃至、国家を集団の規模とした。結果、記憶を頼りとする信頼関係・お金を使わなくても契約が成立する関係・家族を超えた知識のネットワークを構築できない状態においこまれた。150人のメモリーいっぱいに、「よく知る」人を作ろうとするのは、人間のハードウエアの特性である。この「150人集団」(名前が無いので、以下こう呼ぶ)は、単に、「よくしゃべる」関係の相手を介してたち現れる。 ちなみに、人間は同時に4人までならひとつの会話を楽に維持でき、5人以上になると会話が分裂する。この4人の話し相手を、相手の性格や特徴が難なく理解できるまでに仲良くなること、そして、その話し相手のさらなる知り合いを話し相手を媒介にして良く知ることができれば「150人集団」は成立する。

 道徳とは、他者一般に対するものではなく、ある人の集団を維持・再生産するためのルールである。つまり、集団内での裏切りというリスクを回避するために設定されたものだ。で、あれば、「150人集団を維持させること」は、究極の道徳であるといえる。 すべて、人類は、150人集団に所属し、維持し、生産しなければならない。それが、あなたのハードウエアがあなたに要求する道徳である。

 

 

 

 

補足

 

 

1 会話集団との会合の時間・頻度について、これで妥当かどうかについては、検討を要する。ちなみに、チンパンジーは起きている時間のうち3割を毛づくろいに使っており、これを超えると、食料を調達できなくなるぎりぎりの時間であるといわれている。とすれば、人間は5時間弱をこの時間に当てなければなるまい。すなわち、週1回2時間ではなく、毎日5時間である。「食事は家族でとろう」という道徳を見ても、この数字は妥当かもしれない。時間については見当してみてほしい。

 

 

2 一般に、強固な共同体のメンバーは、すでに150人のメモリーが埋まっているため、そういった集団に新しく入ることは難しいといえる。理屈の上では、150人集団の他のだれか以上の頻度でその集団の中の人と会話をもてばいいが、人が入ると自分が脱落することを全員が潜在的に恐れるため、この作業は難航するだろう。新たな集団をつくることが望ましいのは、以上による。

 

 

3 同時に2集団とかかわるのは最低の人数の場合であり、一般には3つのグループをもつことが望ましい。また、4人のうち、2人を等しくする別の会話体を作るなども考えられ、数学的に展開したとき、幾つかの郡にわけて考えることになると思う。今後、THE MORAL-Sとして、別戯曲を準備することにしたい。

 

 

4 150人を実在の人物で埋めなくても、欲望をとめることはできる。良い例がオタクであり、パロディー小説にして扱う人物郡や萌え要素を150人集団としている。長編小説を読むとき、あなたの人物メモリーの一部がその世界に費やされることであろう。ゆえに、作家は孤独を必要とするのだ。虚構人物を使ったMORALの別展開も、いずれ文書にまとめる。

 

 

5 同時に4人の会話体をいくつかもったところで、実は、会話のネットワークが閉じずに開いてしまうことがよくある。所属する150人のメモリーが、それぞれ違う150人で満たされることのほうが多いだろう。この場合、「それでよし」と考えるほうが現実的である。あなたにとって、150人がうまったところで、あなたが分裂すればよいのだ。しかし、150人の組織を強固に作りたいのならば、それでは困るだろう。この場合、52人集団を作り、その中では全員のメモリーが一致するようにするのが現実的と思われる。16人のコアメンバーが同意すれば、容易に成立するだろう。

 

 

6 筆者は、「150人集団」に所属することを好まない。地域にかかわる人々を取材していて、「地域」という概念にあたるものを彼ら・彼女らは求めていず、むしろ、「友人」をもとめているように感じたことから、以上の戯曲を執筆した。もちろん、このような集団は必要であるし、欲望は満たされるべきだ。が、同時に、150人集団は、150人を越えたときに分裂するべきであるし、(でなければ、みなが全体の把握ができなくなり、モラルが低下する)あらゆる世界宗教が説くように、普遍的な道徳(愛・仁・慈悲・・・)は人間らしい感情の発露だ、ということを忘れないでほしい。(道徳への150人集団外への展開はいずれTHE ETICAとして執筆する予定である)

戯曲は、常に、社会の偏りに対し、逆のものを提案する。そうすることで、バランスの取れた普遍演劇が誕生するからだ。「150人集団」は、今の日本に不足している。ぜひ、このモラルを普及させ、グローバリゼーションを食い止めて欲しい。

 

THE MORAL 【戯曲】

© 2017 by KISHII daisuke. all rights reserved.

  • Twitterでベーシックブラック
  • Facebook ベーシック ブラック
This site was designed with the
.com
website builder. Create your website today.
Start Now